心配を連れたまま、幸せでいこう


ある朝、コンタクトをつけたら
何だか目がかすむ。
ピントが合わない。
いつもと違う感じがして、少し気になる。

昔なら、
「大丈夫かな。原因は何だろう。」
と考えていたと思うし、
一日中意識が引っ張られていました。

でも今は、
こういう時の選択肢はもう一つしかありません。
自分を軸に戻してくれる言葉を思い出すこと。
そして、心地よい方に手を伸ばすこと。
毎度figのコラムではお馴染みですね。

私の場合は、
「放っておくと、なぜかうまくいく」
前回のジャーナルでもご紹介したフレーズを
よく口にしています。

体も心も、
説教されたいわけでも、
管理されたいわけでもない。
ただ、信頼されたいだけなのかもしれません。

「大丈夫って信じてもらえてる」
「このままで良いって思ってもらえてる」

その前提があると、
体は無駄に騒がず、
必要以上に不安を鳴らさない。

だから、不調があっても、心配があっても、
幸せを感じていいし、笑って楽しんでも良いのですね。

いや、むしろそんなモヤんとする時ほど、
ちょっとでも自分を楽しませてあげた方が
いいと思うのです。
問題を解決してから幸せ、じゃなくて、
幸せを先に感じることが、
問題を解いていくからです。
これは体だけじゃなく、仕事も、人間関係も、
人生まるごと同じだなと思います。

不安や違和感を連れたまま、
その日を楽しく過ごすと決める。
散歩したり、コーヒーを味わったり、
お風呂にゆっくり浸かってみたり、
笑える動画を見てみたり。

これは、ある意味決断が入ります。
例えば、コーヒーを飲みながらモヤモヤ
していては本当に楽しんでいるとは言えません。
100%コーヒーを味わう決断です。
思考を一旦横に置いて、
心地よさに浸るという感じです。

モヤんとしては、そのままちょっとでも
好きなことに身を浸す。

「いやー、まいったな。
放っておくと何だかうまくいくんだよね。」
とモヤんから手をひく。
初めのうちは、全力で脳が
「んな訳あるかい!」と突っ込んできますが、
それでもちょこちょこと繰り返す。
楽しみながら。(これコツです)

心配に意識が向いていると、
体や人生を信頼するって、案外難しいものです。
そんな時は、無理に信頼しようとしなくて大丈夫です。
それよりも先に、心地よさへ行く。
すると心が、”まぁ、何とかなるか”と緩んできます。
これって結局、信頼なんですよね。

こんな感じで、
私は先ほど書いた目のことも、
何回も体験しています。
ピントが合わない朝でも、
そのまんま気にせず過ごしていると、
あるタイミングで「おや、見えてるんですけど」
と気がつきます。

それを何度も繰り返すうちに、
「放っておけば、なぜかうまく行く」を
身をもって信じられるようになっていきました。
またピントがずれたとしても、
心の戻る場所がわかっているのでとても気が楽です。

これを毎日のさまざまな事にも当てはめて
過ごしているととてもストレスフリーで
リラックスできます。
例えば、誰かからの返答待ちとか、
もう自分では答えの分からない事とか。

「もうやる事はやったし、あとは分からん。
放っておけば、タイミングがいい流れを運んでくるだろう。
だから、変に心配でごちゃごちゃかき回さずに、
なんか楽しむとするか。」
というムードです。

心配をなくさなくていい。
心配を小脇に抱えたまま、
ちょっとでも楽しむ。
その緩んだところから、
いいヒントが浮かんできたりもします。


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ー small ideas | 小さなアイデア ー
・心地よさスイッチを見つける
気になることがあっても、
まず体や心が少し楽になる行動を1つ選ぶ。
コーヒーを飲む、窓から空を眺める、
好きな音楽を聴く…
小さな選択でも、心が”大丈夫”と安心する
入り口になるから。

・小脇に抱えた心配メモ
心配や違和感を書き留めておく。
解決策は書かなくて大丈夫。
そのまま横に置いて、
今は好きなこと、楽しいことに意識を向ける。
”置き去りにする”のではなく、
ちゃんと存在を認めたまま楽しむのがコツ。



ー ユルフィー的ひとこと ー
「心配も不安も、ちょい置いとき。
先に笑っといたら、体も心もついてくるで。」

ユルフィー:
あなたのハートに住んでいる相棒。
まいっかと肩の力を抜かせてくれる存在。



好きなものを無心で味わう。
その時、心は”いま”にいる。
それだけで、心は整う。
心が整えば、身体も、未来も整う。
それがマインドフルネス。




