誰かのために考えたことが、いちばん深く自分を教えてくれたりする

ふと振り返ってみると、
自分のことより、
誰かのことを思って
必死に考えた時間の方が、
なぜか一生懸命だったりします。
特に大切な誰かのことならなおさらです。

どう声をかけたら良いんだろう。
どんな言葉なら、
少しでも楽になってもらえるか。
何を選んだら、
あの人は安心できるかな。

そんなふうに、
誰かのために頭と心をフル回転させているとき、
私たちは案外
自分の本音や大切にしている
価値観に触れています。

本当はきっと、
・こう言われたかったのかな。
・こう扱って欲しかったのかも。
・こうやって信じてもらいたかったのかも。

その全部が、
誰かのために考えたことに見えて、
自分が自分をどう扱って欲しいのか、
自分のことをどう思っていたいのか、
実はそっと
紛れ込んでいることが多いものです。

だから、
誰かのために必死で考えたことは、
ただの優しさでは終わらない。
それは、
未来の自分から届いたメモだったりします。

”そうそう!そう思えば、
そうやっていけば、
うまくいくよ。”
ってね。

”誰かのため”は、
一番深いところで、
自分の本音に近づく道なのかもしれません。

今日は少しだけ、
その優しさを外に出しっぱなしにしないで、
「あ、これ私に言ってんだわ」と
自分のハートにも戻してあげてください。

気づけた時点で、もう十分サイコー。
答えを出さなくても、
心はちゃんと整う方向に動いています。

ー small ideas | 小さなアイデア ー

・今日、誰かのために考えたことをひとつ思い出す

「これ、私にも言いたかった言葉かも」
ってハッとするかも

ー ユルフィー的ひとこと ー

「”誰かのため”って、回り道みたいだけど、
気づいたら自分のとこ戻ってきてるんだよね。
こりゃ不思議。」

ユルフィー:
あなたのハートに住んでいる相棒。
まいっかと肩の力を抜かせてくれる存在。

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好きなものを無心で味わう。
その時、心は”いま”にいる。
それだけで、心は整う。
心が整えば、身体も、未来も整う。
それがマインドフルネス。

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