相棒として、生きてきた身体の話

コンプレックスも、
年齢の変化も、
団子でも隠し持ってる二重あごも、
くせ散らかす髪の毛も。

それ全部、
「ここまで一緒に生きてきた身体の履歴」
なんだとある日から思いだしました。

鏡を見て、
つい気になるところを
探してしまう日もある。

ふと地下鉄の窓に映る自分を見て、
「どちら様ですか」
と受け入れられない時もある。

若い頃と比べて、
「前はこうじゃなかったのに」
と思う瞬間もある。


色々やってみるわけです。
筋トレしたり
高いスキンケア買ってみたり
サプリも飲んだよ。
誰かの真似もした。

それで変わることもあるでしょう。
でも、なんかパッとしない。
そんなこともある。

もうさ、
二重あごとか、クセ散らかすとか、
正直にいうと….

しゃーないやん笑

疲れたらクマは出ちまうし
気を抜いたらアゴのラインなんて消えちゃうし
湿気あったらくせ散らかるしさ。

それってつまり、
ちゃんと生きてるってことなんだよな。
人間やってんな。って

無理してピンと張り詰めてるときよりも、
リラックスして、
安心して、
ふーって息を吐いているときが
結局一番自分らしくて。

それを
いかんいかん。なにこのアゴ。
引っ込んでなさいと
「直さなきゃ」
「隠さなきゃ」
ってするほど、
本当の自分らしさとも、
身体とも
距離はどんどん離れていく。

で散々色々やって、疲れて、
ある時ふと思ったことがあります。

この身体、
ここまでずっと一緒に来た
相棒だったわ、って。

失敗した日も、
大笑いした日も、
ちょっと食べすぎた日も
全部この身体を通って
体験したんだったわ。

なんか、そう考えたら
身体が愛おしくて
もしかしたら身体は
ただ一緒に今ここを自分と
楽しみたかった、
味わいたかったんじゃないかと。

髪の収まりが悪い時は
ヘアアイロンしたり、結んだり
一緒にあれこれ奮闘して
「ギャハハ、なんじゃこりゃ」
なんてやりたかったのかも。

だったら、
多少の二重あごも、
言うことを聞かない髪の毛も、
「しゃーないやん。今日までありがとう」
でいいんじゃないか。
もうこれ丸ごとで自分な訳で。

否定しなくていいし、
だけども
愛そうと無理しなくてもいい。
ただ、そんな相棒なんだと
そばに置いておく。

それだけで、
意外なことかもしれないけれど
心は緩み、身体も緩む。
そして、
なんだかいい感じの自分になってしまう不思議。

なんか変わった?
なにやったの?
なんて聞かれてしまう。
体調が整っていく。

そう、
”しゃーないやん”
となると、案外身体は
機嫌を直してくれるのです。

二重あごは、
不思議とスッキリしてしまうかもしれないし
自分自身が気にならなくなるかもしれない。

どちらにしろ、それはもう
自分を悩ます存在ではなく
愛おしい体験、相棒になっていきます。

ー small ideas | 小さなアイデア ー

・ 鏡を見るとき、欠点探しをやめて
 ”今日も動いてくれている部分”を
 一つ見つける時間にする

ー ユルフィー的ひとこと ー

「コンプレックスも、年齢の変化も
ここまで一緒に生きてきた身体の履歴。
否定しなくていい。
相棒として、そばに置いておこう。」

好きなものを無心で味わう。
その時、心は”いま”にいる。
それだけで、心は整う。
心が整えば、身体も、未来も整う。
それがマインドフルネス。



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